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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
が、八弥のそうした準備は、一気に女へ迫るためではなかった。四、五尺先にある樹木の楯を得たかったのである。彼は、ふいに躍り立つと、その樹の幹を楯として、
「花世ッ、神妙にせい!」
澄んだ沼のような謎へ向って、初めて、大きな試みの石を投げつけてみた。
女の表情は、花を打つけられたほども動いて見えなかった。いや、ひとつはまたその大切な瞬間が、ズドウン! と彼女の指から突然に発した轟音のために、濛ッと、硝煙に包まれてしまったのでもあった。
弾は、八弥の耳を掠った。
「しめた」
と、彼は、走り出した女を追いかけながら意気が昂った。怖ろしい武器の消失を待ッていたのだ。女は無益な荷を捨てるように八弥へ短銃を抛りつけた。
からりと、その時、地上に物の転がったような音がした。女の左の手から弾み落ちた帛紗づつみの小筥が、八弥の足元から四、五間先の地上に踊った。
「おうっ」
彼は、全身をもって掴みとるように、それへ向って跳びついた。
スッと、女の白い腕も、恐ろしい速度でそれへ伸びた。
双つの手!
それがほとんど同時に、小筥の帛紗をつかもうとした刹那に、一本の槍の穂が、横あいから風をふくんで、キラリと八弥の眼を遮ったと思うと、うしろの崖へ、ぶすりっと突きとおった。