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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

そこへ、今し方、ぶらりとはいって来たのは、大村郷左衛門と主水の父子で、

「作兵衛。――作兵衛はおるか」

と、小屋を覗いて、声をかけた。

「おう、これやご家老の息子様だの。また、鳥撃ちかね」

と、竈場の前から真っ黒な顔をして、のそのそと立って来た作兵衛は、

「あっ、これやぶったまげた、ご家老様まで一緒にござったね。こんな山小屋へ、何しに来たんだね」

「作兵衛、お前に少し頼みたいことがあって、それでわざわざ父上までご一緒にお越しなされたのだ。これは少ないが、手土産の代りだ、取っておけ」

「ほ。……おらに、この金をくれるのかね」

「見たことがあるか、それは、小判というものだ」

作兵衛は、膠もない顔をして、

「こんな物は要らねえだよ」

「なぜ」

「おらには、もっと欲しいものがあるだがなあ……」

「何なりと望んでみるがいい」

「去年の夏ごろだ、おらの伜の唖野郎が、大津まで買物に行ったきり山へ帰って来ねえでがす。何しろ、あの伜めは、唖で聾で、ぼんやり者。もしや、河にでも墜ったのじゃねえか、人に斬られたのじゃあるまいかと、そればかりが苦に病まれて、この頃は、仕事にも張合いが出ない。