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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

ついでのことに、竈へ火がはいるのを見届けてから出立するがいい」

「そうですね、人間の蒸焼きを見るのは初めてですから、それじゃ、見物してから立ちましょうか」

「そうせい。……これこれ、誰かその砂時計を睨んでおれ。――まだか」

「もう暫時でございます」

そして、時が経つ――

耳を澄ますと、四山の樹々には、さまざまな小禽の群が万華の春に歌っている。空は深碧に拭われて、虹色の陽が熔けそうに燦いていた。誰か、この平和な春の陽の下から、程なく、人間を焼く惨虐な煙が立ち昇ると思う者があるだろうか。

やがて――

「ご家老、ちょうど未の刻です」

と、砂時計のそばに立っていた武士がさけんだ。

「む!」

と、郷左衛門はつよく頷いて、

「作兵衛はいかがいたした」

「竈の前につぐなんでおります」

「そうか」

と、再びぞろぞろと裏へ来て見ると、炭焼の作兵衛は、その跫音にも気づかずに、三番竈の目塗りをしきりに弄っている様子なので、

「こらっ、何をする?」

一人の武士が呶鳴りつけると、作兵衛は、びっくりしたように振り向いて、

「何をするかって、見たら分るだろう。目塗りを繕っているのでねえか」

と、不平そうに、反抗した。