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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
「待てッ、曲者」
四、五丁跳んでゆくと、青木川の岸に出た。耀蔵は、追いつくや否、虚無僧のうしろから組みついて、
「御用ッ」
と、叫んだが、何か怖ろしいものにでも触ったように、手を竦めて、
「やっ、あなたは」
と、相手の天蓋の人を見直した。
「――頼みます! 見遁して」
「その声は、花世どのだな」
「情けじゃ」
跳び退きながら、天蓋の人影は、彼に向って、白い双つの手を合せた。
そして、青木川の土橋を、白鷺のように、ばらばらっと渡って行くのを見送りながら、
「ウーム……」
と、耀蔵は空しく見送っていたのである。
だが!
彼はふと、いつか同僚の波越八弥に言ったことばを思い泛かべた。
法縄は公明に! 十手は正大に! およそ社会の清浄と幸福のために、征悪の兵士となって働く捕手は、いかなる場合にも、いかなる相手にも、それが悪である以上は、断じて、仮借をしてはならない。私情にとらわれてはならない!
――と声を大にして、友を叱ったあの言葉を。
「おお、逃がしてはならぬ」
耀蔵は、吾れと吾が心を叱咤して、すぐに、花世を追いかけて行ったが、もう、彼女の行方は分らなかった。
仄白い光が、行く手にひろがっていた。