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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

すると、珍しく、この養生所の裏山の方で人の跫音がした。昨年来、まったく訪客の絶えたこの鶉坂には、よしやそれが、花盗人でも珍しい跫音だった。

老先生は、耳ざとく、

「誰じゃ――」

と、愛縄堂から立ち上がった。

ばたばたばたっと、犬のように迅く走り寄って、老先生の足元に、ペタリと額いた人間があった。

「おやっ、おい……お前は加山耀蔵じゃないか」

「老、老先生ッ……。お久しゅうござりました」

「なんじゃ、泣いとるのか貴様は。……ああ止してくれ、それでのうても、わしは泣きたくってならないところだ」

「ご胸中のほど、深く、ご推察いたしまする。波越もてまえも、事件と同時に、一刻もはやく、お慰めに推参いたさねばならなかったのでござりますが、いかに、師弟のあいだなればとて、老先生のご子息を、縄目にかける役目に立って、おめおめと、お顔を拝すことも心苦しく……」

「これ。これ。……な、なんだって、ちょっと待て」

「今日までご不音の罪、どうぞ、おゆるし下さいまし、この、この通りでござりまする。どうぞ、憎い奴と、お叱り下さいましょう」

「おい待てというのに。……何じゃと、今聞けば、わしの伜をどうしたと?」