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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

「先生ッ」

加山は、老師のふところへ、涙の顔を埋めこんで、わなわなと肩をふるわせた。

「加山、加山」

「は、はい」

「今のことばは、真実か」

加山は、老先生の心臓が、肋骨のやぶれるほど膨れているのを感じた。怒濤のように吠えている血潮の音を聞いた。

「なんで偽りを申しましょう。思えば、今日まで拙者を初めすべての人々は、ただ、老先生のこのお悲しみが見たくないために、似而非同情の心で、お訪ねもせず、お耳にも入れずに、過ぎて来たのでござります」

「では、伜は、もうとうに、江戸表へ帰っていたのか」

「はい、昨年の名月の晩――あの女笛師の死骸が見出されたその晩には、もうこの江戸表に潜伏しておられたのでござります」

「待て待てッ」

と、老先生は激越な声で、

「そちまでが、伜の郁次郎を下手人というのか」

「四面の事情、すべての証拠、一として、郁次郎殿を明るくするものはござりませぬ」

「ええ、馬鹿を言えッ、馬鹿を言えッ。わしの子だぞ! 塙江漢の生んだ子だぞ」

「ご尤もです! 誰あろう当代の名与力、塙老先生のご子息とは、私ごとき者まで、胆にこたえて、悶えてはおりましたが、すべての推移は、郁次郎殿を極悪人に決めてしまいました。