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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
「あ……」
と、主計頭も、自分の手ぬかりに、思わず弱い音を洩らした。
「どうじゃ、奉行殿」
と、老人の舌鋒は、銘刀のように鋭かった。
「さ……実は、その点もまだ……」
「はて、怪しからん! 左様な点も充分に確かめずに、ただ、罪悪を作るため、ただ、下手人を作るための調書が、何の役に相立とうか。かようなものは、反古同然」
と、調書を抛り投げて、
「これを見ても、郁次郎の冤罪なることは明白じゃ。あれはわしの子だ! 塙江漢の子だ! そんな極悪人であろうはずがない!」
と、俯仰天地に恥じないように、大きな声で、呶鳴った。
すると、老人の態度を、じッと、冷智な眼でながめていた羅門が、
「老先生」
――と、少し、膝をすすめた。
「なんじゃ!」
「では、お上の調書はすべて信じられぬ、作り物であると、仰せられますか」
「おまえ何じゃ?」
「はっ」
と、羅門は、老人の威圧に押されて、
「お忘れでござりますか、以前、どこかで、お目にかかっておりますが」
「ウム」
と、老人は思い出したように、
「上方の羅門――殿だったな」
「そうです」
「これや、しばらくじゃった」
「いつも、お健やかで」
と、慇懃に、会釈をし直すと、