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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

今宵、江漢が押して推参いたしたのは、敢えて、わが子可愛いのみではない。私情のみではござらん」

と、つよく言って、主計頭の方へ、

「司法の明鏡に、曇りがあっては、ご聖代の汚辱じゃ。万一、わが子が真の罪人ならば、六十年の生涯を、司法の庁に生きてきたこの江漢は、わが子と共に、舌を噛んで、同じ獄土に死ぬべしじゃ。頭を、わが子の獄門台にぶち割って、不徳の罪を、天下の親に、謝さねばならんのじゃ。お奉行! お奉行! 一目、郁次郎に会わせてくれんか。父たるこの江漢が、自ら、彼を打って、最後の吟味をいたしてみたい……」

「おお、それはよかろう」

と、主計頭も、老先生の真心にうごかされたように、

「東儀、牢の合鍵を持って、先に」

と、眼くばせをした。そして、老先生を従れて立ち上がった。

郁次郎は奉行所内の遥か奥に隔っている藪牢にはいっていた。そこにある厳重な一棟は、明和の大獄以来使ったことのない番外牢であった。

そこには、明和の大獄の折に、屍を積んだ国士たちの血のにおいが、いまもまだ陰々と漂っているかのような闇があった。四辺は、樹木につつまれている。時々、高い梢の上で、ほう、ほう、と梟の啼く声がする……。