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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
「いくら、わしが励ましても、彼はもう、死ばかりを望んでいる。……親の心子知らずにもほどがある。父は子の冤罪を救おうとしているのに、子は、根もない自白をして、死にたがっているんじゃ。ば、ばかなやつじゃ……ばかなやつじゃ……」
と、老先生は、やり場のない愛熱と、やり場のない憤ろしさとを、暗涙のなかに光らした。
「……そうですか」
耀蔵も、それを聞いて、がっくりと首をうなだれた。父たる人が、面責してさえ、当の本人が、犯罪を自白しているという以上は、もう、奉行所の吟味を疑う方が間違っている。事件は、これ以上、明白たることを必要とはしないのである。
――だのに、老先生は、本人の自白まで否認して、飽くまで、ほかに犯人があるような口吻だ。かほどな人物でも、やはり、肉親の愛にからまると、こうまで煩悩になるものか。それとも、心のうちでは、郁次郎の犯行を認めてはいても、面目なさに、どこまで、つじつまの合わない我説を言いとおしているのかも知れない。
耀蔵は、老先生が、たまらなくあわれになった。何か一言、今の苦しげな彼を慰めることはないかと、頭のなかでもだえたが、かほどな大不幸に対して、その気持によする気持を言いあらわす適当なことばはあり得なかった。