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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

のめのめと、今さら、奉行所へは帰れない。

また、この不幸な老先輩の死を見すてるのも忍びないが、生きていよとは、なおさらすすめ難い。当然、老先生は死ぬべき人である。

(殉じよう。師の大不幸に殉じるのも、ふかい因縁だ、運命だ)

彼は逃げなかった。

江漢の手は、もう、耀蔵の胸元をつかんで、右手の刃を、向けていた。

じいっと、眼をふさいで、耀蔵の心支度を待っていた。耀蔵も、黙然と、刃をぬいて、師の襟もとをつかんだ。

「……死んでくれるか」

「お供をいたしまする……」

「おう」

江漢は、にいっと、笑った。――白髯を払って、喉を示しながら、

「刺せ」

と、言った。

「ごいっしょに」

「む」

と、江漢の刃は、耀蔵の喉のそばを、ひやりと、とおりぬけた。はっと、思う途端に、真っ正直に突いて行った耀蔵の刀の切ッ尖は、江漢老人の喉ぶえに、ぐざっと、突きとおったかと思った。

だが――老人は、その切ッ尖を、ついと、交わしてしまったのである。そして驚く耀蔵の耳へ口をよせながら、ううーむ……と作り声をあげて、彼のからだに絡みながら、諸倒れに、俯ッ伏して首を垂れた。

「ううむッ……うーむ……」