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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
「捕った!」
と、拯いあげた。
「あっ! ……」
と、ふたりは、雷に衝たれたように、絶叫した。狼狽と驚きに、色を失ってよろめいたが、玉枝は、咄嗟の手に、短い刃を閃めかせて、彼につかまれた袂の根を、ふつりと断ッて、逃げ出した。
「おのれッ。女狐!」
手には、断られた片袖を。そして、夜風のなかに、腮の白髯をふたつに割って、奮然と、追いかけた老先生。
逃がしてなろうか?
顔、すがた、頭巾まで、花世に瓜ふたつなこの怪女性こそ、あらゆる謎を解く魔術師の銀の鍵だ。
今も、女は、首領ということばを呟いたが、そも、彼等のいう悪の一味の首領とは何者であろうか。その黒幕の首領が、ここへ見えないうちに、女を召捕ってしまわなければ、機は、ふたたび、遠く去るであろう。
老先生は必死だ。
この女さえ捕縛すれば、急転直下な事件の解決は望み得ないまでも、ともかく、夜明けと共に、刑場の露となる愛子郁次郎の一命だけは、しばらく、先へのばすことに、有力な生証拠とすることができる!
駈けた! 老躯をわすれて、彼は駈けた。
――だが、若い女の、柔軟性に富んだ跳躍とは、比較にならない。玉枝は、柳の樹から柳の樹を縫って、美しい水禽のように、河に添って、すばやく、走りつづけた。