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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

百振とは、大剣を払って、居合の素振りを試みることである。――そして、陽を拝し、登城の支度にかかるのが例であった。

――今朝も、的場に出て、采女という小姓を相手に、ヒュッ、ヒュッとしきりに矢うなりを切っていると、

「あっ、誰だ?」

と、突然、びッくりしたようにその采女が、松の幹を見あげた。

ぷつんと、一本の矢が立ったのである。

それは、主人の左近将監が放した矢とは違っているし、また、左近将監が、的を外して、そんな所へ射るはずもない。たしかに、裏の門を越えて、塀のなかへ飛びこんで来た流れ矢にちがいなかった。

「たれの仕業か。不埒な奴」

と、采女が、駈けだそうとすると、

「待て待て。それは矢文のようだ。これへ持て」

と、左近将監が、彼方で、声をかけた。

「え、矢文?」

手をのばして、抜き取ってみると、なるほど、妻羽白の矢羽の下に、ほそい、書状らしいものが、結びつけてあった。

「殿。なにか、訴文のようにござりますが」

「ははあ、さては、寛永寺の訴訟に関係のあるものが、何か、言い分を、矢文に托してこの屋敷に射込んだものとみえる。――然るべき手続きもふまずに、左様なものを取り上げては、この後の悪例となる。