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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
「よし、よし」
と、左近将監は、かろく頷いて、
「したが、老人、ひどく窶れたのう」
「一夜のうちに、白骨になるほど心労いたしました」
「そうあろう。誰しも、わが子の愛に変りはない。いわんや、一代の名与力、塙江漢の一子が、極悪人として断罪にされては、末代までの恥辱、いや、天下の人心に及ぼすところも尠なくはない。――おお、こうしている間に、郁次郎が刑に処されては相成るまい。老人、これを携えて、はやく、町奉行の榊原主計殿に、願いの旨を、申し入れるがいい」
と、一通の書付を手わたした。
「あ。これは?」
と、老先生の手は、指は、つよい感激にふるえを刻んでいる。
「御老中太田備中守様のお書付。時刻がないゆえ、何かの手続きは後にゆずるとして、とりあえず、郁次郎の処刑に対して、百日のご猶予をおゆるしあったのじゃ」
「えっ! あ、あの、百日」
――鐘が鳴った。朝の六刻である。
郁次郎の刑される明けの鐘は、郁次郎の生命に一縷の光明を投げた黎明の鐘となった。
「オオ!」
と、老先生は、狂喜の手に、老中太田備中守の書付をつかんで、奉行所の門内へ走りこんだ。
挑戦
「――鳴った。六刻の鐘だ」