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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
花世は、そう訊くと、さすがに、唇のいろを、雨に褪せた紫陽花のように、失った。
「……どうしましょう。寺には、年老った方丈様と、小坊主ばかりで、力の強い寺男は、風邪をひいて、臥せっているし……」
「案じるな。老いたりといえど、塙江漢、対手が、あらわに姿を見せて参れば、方円流二丈の捕縄は、この袂から走って飛ぶ――。まさか、悪魔の首領も、そんな愚か者ではあるまい。ただ、油断をして、彼に乗じられぬよう、隙を見せぬことが第一じゃ」
「はい……私も、お舅父様のおそばにこうしていれば、何となく、気が強うござります」
「ム。大船に乗った気で、安心しているがよい」
と、老先生は、可憐な、未来のわが子の嫁を、愛しそうに、見まもって、
「時に、花世」
「はい」
「そなたは、わしに、渡さなければならん物を持っている。ここで会ったのはいい折だ。わしにくれい」
「ええ、何でしょう?」
花世は、首をかしげた。
老先生は、微笑して、
「鍵じゃよ」
「え、鍵。……どこの鍵でございますか」
「鍵といっても、ことばの鍵だ。たった、一言か、二言で済むことだ。おまえはわしに、それを渡す義務があろう」
「はい」
「では、訊くが……」