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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
「あなた様の仰っしゃる老先生というのは、鶉坂の塙様のことで? ――あの白い髯を胸に垂れた品格のよいご老人のことで」
「そうだ」
「そのお方ならば、数日前に、店へお越しになって、殺された手前の弟忠三郎と、女笛師のお雪との関係や、また、金為替や荷為替などの台帳を、事細かに取調べて、お帰りになったことがございます」
「ほう、それでは老先生には、いつのまにか、玉枝がこの店から金や荷の送り受けをしていたことを調べ上げていたのか。――オオ、ついしゃべりこんでしまったが、俺は、こうしてはおられない。佐渡平、ではやがて近いうちに、貴様の弟忠三郎の仇もとってやるぞ」
たちまち、前垂れをはずし、縞の着物をかなぐり捨てると、そこにあった、ぼんてん帯に、仲間法被、真鍮こじりをうしろに差し込んで、
「一走り、行って来る」
と、小箱をふところに、裏口から飛び出した。
表通りへ、駈け出しながら、頬冠りをする。
かねての手筈とみえて、町角の辻には、店の者が立っていた。
黙って、右を指す。
その先の辻へ行くと、やはり佐渡平の店の者が立っていた。こんどは、左を指している。
すると、たった今、店から出て行ったばかりの怪美人玉枝の姿が、つい、半町ばかり先を小急ぎに戻って行く姿が見えた。