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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

そのために、着く日も、予定よりは、四、五日遅れてしまった。出立の際、老先生に言われた言葉を思い出して、彼は、一日の日も、一刻の時間も、黄金を費うように惜しんで歩いた。

やっと辿り着いた四明ヶ岳――そこの中腹にある山荘の黒門の前に、彼が立ったのは、ちょうど六月の十七日。

「飛脚でございます。江戸表から参りました急飛脚の者で――」

門内へ向って、呶鳴ると、

「飛脚か」

と、門番ではない、厳めしい山侍が、柵の間から覗いた。

「へい、荷為替です」

「書状ではないのか」

「送り状に、ご直手とございます。宛名のお方に、じかにお渡し致して、ご印判を頂戴いたします」

「誰だ。宛名人は」

「大村郷左衛門様とござります」

「ご家老か。――品物は」

「三寸角ばかりの小箱で」

「問屋は」

「為替元は江戸本石町佐渡屋和平」

「待っておれ」

山侍は引っこんだ。

しばらくすると、出てきて、

「飛脚屋、はいれ。――脇差は、門番小屋へ預けて、拙者のあとに尾いて来い」

檜並木の奥まった玄関である。そこを、横へ廻ると、書院の縁先が見える。

「おう、江戸の飛脚屋か。遠路大儀であったぞ。その品の着くのを待ちかねていたところじゃ」