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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

怪老人――それは如意ヶ岳の山の主といわれている作兵衛爺と、もう一人は、何ぞ知らん、この炭焼小屋の竈で、かつて大村父子と山侍たちのために、蒸殺しの刑にかかって、とうにこの世に生命のないはずの江戸表の同心、加山耀蔵とは同役であり、無二の親友だった波越八弥が、昔に変る樵夫姿で、まだ立派に生存していたのであった。

「さ、八弥様。病人はそのまま、小屋の中へ寝かせたがいいだ」

作兵衛小屋へ着くと、山の主の爺は、すぐに小屋の中へ筵を敷いた。

耀蔵は、八弥の背中で、刎ね返って、

「いや、俺は寝ない。俺は病人なんかじゃない」

と、呶鳴った。

「おや、えらい元気じゃな」

「誰だ! 誰だ! 俺を救ってくれたのは、俺は、それが知りたい。俺を背負っているのは誰だ」

「加山!」

と、波越は、彼を下ろして、痛いほどな力で、その腕を握りしめた。そして、眼ばたきもせずにじっと見つめる彼の眸の前へ、自分の顔をつきつけて、叫んだ。

「加山! 俺だ! 波越八弥だ」

「げッ」

と、耀蔵は驚倒した。

「波越ッ」

「加山ッ」

「ど、どうして貴様は」

「奇遇だ! どうしたって、悪人ばらの往生を見ぬうちに、死んでたまるか」