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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

「羅門」

と、老黄門は、厳かに会釈をうけて後、その白銀を植えたような長髯の先を指でまさぐりながら、

「余が今度の出府、なんの為か、存じておろうが」

「恐察申しあげておりまする」

「いかがいたした、詮議の事は。――かねて国家老大村郷左衛門より、そちの技倆を見込んで、篤と申しつけてあったに、遂に今にいたるまで、何の効もあがらぬではないか」

「不肖羅門塔十郎、不才をもって、老公のお眼鑑を身にうけ、ここ数年来、寝食を忘れて苦心はしておりますなれど、何せよ……」

「その言い訳は、郷左衛門からも聞き飽きておる。しかも、すでにそれは遅い。幕府へのご誓約に対しても、この秋には、亀山六万石の家名はご返上せねばならぬ時機に迫っておるのじゃ」

「しかし、羅門の承知しますところによれば、それは要路の大官方へ、何らかのご方法をもってお願いいたせば、まだ両三年の……」

「だまれ、だまれ!」

老黄門は、千軍を叱咤するように、声をあらげて、

「九年の間、雲閣に坐して、身は老衰隠居いたしても、前黄門松平周防守であるぞ。左様なこそくな手段ができると思うか、うつけ者め!」

「ヘヘッ」

と、さすがの才人羅門塔十郎も、威圧されて一言もなかった。