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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
「ううむ……ここまでふかく計っていたのか」
羅門は、絶望の闇へ、どっかりと観念の腰をすえた。そして、ぎゅッと、無念そうに噛んだ唇から、たらたらと、血の糸がたれた。
「もう、これまでだ」
「恐れ入ったか」
「勝手にしろ」
眼を閉じて、無言。呼吸は大きく、肩に波を打っている。硬ばった顔の筋だけが、青白い蚯蚓のように、ぴくぴくと、うごいていた。
勝手にしろ! 何というふてくされた、悪覚らしい一言だろう。それが悪人のすべてを終局にした最後の声だった。
老先生も、ずいぶん悪人は手にかけたが、こんな不敵な曲者はまだ見たことがない。呆れたように、彼の態度を眺めていた。
無言と無言――
もう何をいう余地もない。正邪、明らかである。これ以上追及はいらない。と――老先生が眼を反らしかけると、突然、しゅくッと、男泣きの声が、足もとで聞えた。
「老先生! 慚愧にたえません! 事ここに至っては何事も及ばないことですが、羅門塔十郎、今初めて、多年の迷夢がさめました」
裾にすがって、言うのであった。
ああ、かほどな悪人も、遂に、性は善であったかと、老先生は憎いうちにも、ふと、哀れを感じた。