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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

その途中、彼は、幾つもの燭台を蹴倒した。騒ぎに乗じて、火災を起すつもりらしい。残月の庭は、たちまち、入りみだれる剣と、人影と、そして時々、それを掠める蛍火のような火の粉と、黒煙が流れた。

「八弥! 波越八弥! 八称はおらぬか。八弥を呼べ……」

脾腹の血汐を抑えながら、老先生は、必死な声で、求めていた。

「オオ!」

と、色を失って、駈けこんで来た八弥は、苦悶に転々する彼の老躯をかかえ起して、

「老先生、八弥です! 波越です!」

「八弥……。わしの傷は浅いぞ。わしは死なぬぞ」

「は、はい、浅うござります」

「縛れ。わしの傷口を、かたく、かたく、縛れ。――そして大急ぎで、わしのからだを、南町奉行所まで連れてゆけ」

「うごいてはお悪うございます。老先生、どうか、静かに」

「ええい、たわけめ。そんな場合ではないわ。花世はおるか、花世、花世」

「はい……お父様。わたくしが、しっかりとこう手を握っているのがお分りになりませんか」

「オオそうか……。分る、分る。わしはまだ死なんぞ。花世、わしはこれから、夜明けまでに、目出度い、目出度い、おまえ達の婚礼の席にのぞまねばならんのじゃ。