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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

「彼も、出島の蘭医館へ遊学にやってから、まる五年、二十七歳になる。手紙を見ても、学業はすすんだようだ。――わしは生涯、十手捕縄をつかんで、悪党とはいえ、数百名の人間を獄門へ送って来たから、伜には、世人を救う仕事をさせたいと考えて、医学を習ばせ、自分が多年のあいだの蓄積と、諸家から礼に贈られた金とをあわせて、貧者や、出牢しても寄るべのない病人などを救う施療所を建て、それを新しい若夫婦にまかせて、わしは愛縄堂で、余生を自適するつもり……。ああ、はやくそうなりたいものだ。そうなれば、初めて自分は、生涯の重荷が下りた気がするだろう」

彼は、希望にみたされていた。

と、そのうちに――「江漢老先生が、ご子息が長崎の遊学を終えて帰ると共に、貧者のために、蘭医養生所をひらくそうだ」と、その噂が、ぱっとひろがった。

何しろ、あらゆる方面に顔はひろい。隠退してから七、八年になるが、いまだに町奉行所でも、何か重大な難事件に行き悩むと、老先生を訪ねて、探索の方針について教えを乞うのが常だった。それが、神眼で指すようにいつもキッパリと謎の核心をつかむ。――それくらいであるから塙江漢の名声は、まだ少しも落ちてはいない。