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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

「ちいッ、愚図め。何を怯んでおるのだろう」

と、じりじりした東儀は、堪らなくなって、そっと、加山のうしろから、肩を突いて言った。

「なぜ早く側へ行って、彼奴の右手を捕らんのだ」

「…………」

加山は黙ってかぶりを振った。

舌打ちをしながら、東儀はまた、波越の袖を引いて、

「今だぞ」

と、強く囁いた。

「駄目です」

と、田舎者に変装している波越は、投げるように、肚の息を、ふッと吐いた。

「なぜっ?」

と、東儀の声は、低いが、鋭く咎めた。

「あの侍のわきには、先刻から、妙にぴったりとついている町人がいて、それが邪魔になって、何としても手出しができぬのです」

なるほど、そう言われて、東儀も初めて気がついた。藍弁慶の素袷に算盤縞の三尺帯をきりっと横締めにした小粋な男である。それが絶えず鋭い眼配りを撒いているので、ちょうど編笠の侍を庇っているような風に見える。どうしても、その町人が邪魔でならない。

しかたがないので、しばらく隙を計っていると、やがて人混みの間に、編笠がくるっと横に向いた。

「オ、出て行くぞ」

東儀があわてて注意するまでもなく、忠実なふたりの同心は、手具脛を引いて、彼の後を左右から尾けて行った。