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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
加山が、二、三度も、丸太の根につまずいたのに、彼女は女らしい細心さと敏捷な速度で、外の、桐畠の闇に、かくれ込んでしまった。
先へ廻った波越八弥は、ふいに、彼女の前面へ出て奇襲した。それには、彼女もあわてたらしく、あッ、と軽い声をあげて戻りかけたところを、波越は、腕をのばして、むずと、頭巾をつかんだ。
有明けの空のような、仄白い、脅えた女の顔が、斜めに頭巾から剥くり出されたが、そのとたんに、波越八弥は、ほとんど、喪心するような驚きをあらわして、
「やっ! 貴女は」
と、叫んだ。
同時に、手を離した。――引き合っていた頭巾の手を。
放たれた小鳥のように、彼女の姿が、真ッ暗な風のなかへ、ばたばたと消えてゆくとすぐに、そこへ、息を喘いて来た加山耀蔵は、憤然と、友の腕くびを引っ掴んで、
「波越ッ、に、にがしたな貴様はッ」
「ウーム、逃がした」
「故意だ! たしかに故意だ」
と、彼の不甲斐なさを怒るが如く、つかんだ手を捻じ上げて、
「な、なんで、逃がしたかッ……。こらっ、波越! き、きさまは」
「ま、待て」
「ええ、癪にさわる、腹が立つ。待てもくそもあるものかッ。残念だ、残念だ」