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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
あらゆる壁のすき間に結核菌を繁殖させているようなところだった。その室には電燈がひかれていなかった。ここに住んでいたのが学生なら、何の燈で夜をすごして来たのだろう。こわれかかって歪んだ木製の洗面台が片隅にたっている。粗末な鉄の寝台から、どういうわけか布団がはぎとられていて、不潔な床に、つめ藁のはみ出た肱かけ椅子が二つあるきりだった。そこには、まともなものが、なに一つなかった。歪んだもの、こわれかかったもの、そして、恐ろしげな壁があるだけだ。
そこにはおとといまで、ハンガリア人の学生が住んでいたということだった。不潔というより病菌の巣のような感じだった部屋の光景と、布団をはがされていた鉄寝台の異様な印象は、いつまでも伸子につきまとった。
「それにしても、ああいうのが広告を出すとは、おどろいた」
パリの生活には少しなれているはずの蜂谷良作もあきれた風だった。
「――おとといまでいたっていうハンガリア人の学生、もしかしたらあすこで死んだのね」
「まさか」
「だって、――じゃ、どうして寝台の布団がはがれているの? ほかに何か思いあたること?」
「そう云われれば、そうかな」