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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

――りっぱな大身のお旗本の、若殿である北条左内が、たかが市井のお狂言師の娘の、自分のような人間を、恋してくれるということが、お菊にはむしろもったいなかった。いやいやそれよりも自分のようなものへ、叮嚀な慇懃な言葉つきで、親しく話してくれるという、そのことだけでも有難かった。しかもお菊は逢った時から、左内に深い恋心を感じて、いつであろうとも心も身体も、捧げ尽くそうと思っていた。で、これまでにも左内によって、きわめて微妙にではあったけれども、恋を告白をされるごとに、お菊は恋心をそそられて、すぐにも自分の心の中を打ちあけようと思ったりした。そうして今日はかなり率直に、左内に恋を打ちあけられたのである。お菊にとってはよい機会である。即座に心を打ちあけて、左内に縋って行くべきであった。しかるに何ゆえか沈黙を守って、恋の心を打ちあけようとはしない。これはどうしたことであろうか?

父の嘉門が二人の恋を、頑固にさえぎっているからであった。「あのお方へばかりはお前はやれない。あのお方のためにもならなければ、またお前のためにもならない。そうして私のためにもならない」