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むすめえんじゅつし
娘煙術師
国枝 史郎
「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页
園子の噂
とうてい真面目な人間などが、行くところではございません」
またポツンと音がした。蟋蟀がひとはね元気よくはねて、燭台の燈火へ飛びつこうとしたが、そこまで力が及ばなかったからか、黒塗りの燭台の脚を越して、向こう側の畳の上へ落ちたがために、醸されたささやかな音であった。
畳の上へ兀然と立って、まるで怒ってでもいるように、飛び脚を高く鉤のように曲げて、蟋蟀は気勢をうかがっている。
姉が返辞をしないので、小次郎は寂しさを感じたらしい。独り言のようにつぶやいた。
「いつぞや泉嘉門殿の屋敷で、桃ノ井兵馬とかいう悪侍を、兄上と姉上とでお懲らしなされて以来、私たち一家の身の上へは、いつも物騒な脅迫の手がのばされているはずでございますよ。先刻方屋敷から追い出してやった、あの友吉という内弟子なども、どうやら敵方の間者とかいうことで。恐ろしいことにござりますよ」
しかし鈴江は依然として、しなやかに指を運ばして、袖を縫って行くばかりであった。まだ蟋蟀は動かない。触鬚で空間を探っている。
「姉上」と小次郎は声を強めた。
園子の噂
「姉上!」と小次郎は声を強めたが、姉の鈴江が縫う手も止めなければ、うつむいた額も上げなかったので、小次郎は意気込みを砕かれてしまって、気の弱い萎縮したおどおどした声で、独語のようにいい出した。