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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

皮肉な晩だ!

お前さんの眼の前でポンポンと懐中物をはたいたはずで……」

「おッ、あの時の女掏摸が? ……」

「あい、妾さ」

「呆れたな」

「さんざお呆れよ」

「下りて来やがれ……」

ののしると一緒に代官松は、身を躍らせて飛びかかろうとしたが、もうその時にはお粂の顔は、土塀の上に見えなかった。しかしその代わりに男の顔が、同じ土塀の上に見えた。

皮肉な晩だ!

お粂と入れ違いに土塀の上へ、獄門台の上の首のように、顔を現わした男といえば、お粂の相棒の金兵衛であった。

「今晩は」とばかり金兵衛の顔が代官松に向かって声をかけた。「ご苦労様にござります」

変な奴が出て来やがった――代官松はこう思ったので、返辞もせずに眼を怒らせて、金兵衛の顔を睨みつけた、右の肩をグッと怒らせたのは敵愾心を示した証拠である。

しかし金兵衛は代官松の、そういう態度に無関心かのように、ベラベラと能弁に喋舌り出した。

「私は金兵衛と申しまして、お粂さんの仲間なのでございますよ。で、ある時には煙術師としての、お粂さんの助手となりまして、大煙管をかついだりいたしますし、またある時には手代ふうをして、お嬢さんのお粂さんと一緒に、両国の広小路でやりましたような、ああいうこともいたします。