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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

……あなた様もお帰宅なさりませ」

「※(歌記号、1-3-28)うらに来いとの笛の音、うら道来いとの笛の音……いや、いや、いや、来てはなりませぬ」

嘉門はクルリと振り返ったが、例の蹣跚とした足どりで、馬酔木の叢の裾をまわって、今度こそ左内とお菊とを見すてて、家のほうへ引き返した。

このように泉嘉門のために、あけすけに拒絶をされてみれば、情熱家の北条左内としても、立ち去るよりほかに手段はなかった。悲しみと絶望とに顫えながら、それでも左内は取り乱そうとはせずに、

「お菊殿お暇をいたします」と、このように声をかけておいて、捨て石につっぷして泣きじゃくっているお菊へ背中を向けたかと思うと百日紅の立ち木の幹をまわって、その向こうに立っている裏木戸から抜けて、左内は姿を消してしまった。

で、その後のここの庭には、白々と頸を日にさらして、その頸へかかった後ろ髪を、細かく細かく細かく、顫わせて泣いているお菊のほかには、人の姿は見られなかった。

が、お菊の悲しい心を、慰めようとでもするかのように、一人の女が現われて来た。ほかでもないそれは山県紋也の、妹にあたる鈴江であったが、泉嘉門の屋敷の玄関へ、小走るように駆け込んで来た。