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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

……」

こう鈴江はいって来たが、膝の上へ置いていた縫いかけの袖を、しずかに取り上げると畳の上へ敷いて、縫い目を爪先でこするようにした。

「上等の袷が仕立て上がります。明日から着せてあげましょう。くよくよせずと向島へでもいって、秋草の花でも見て来るがよいよ。……でもほんとにお前さんはこのごろ影が薄くなったねえ。妾にはなんとなく心がかりだよ。よくないことでも起こらなければよいが」

――と、その時ポツンという、ささやかな音がしたかと思うと、今まで燭台の向こう側にいた蟋蟀が近くへ飛んで来た。と、そろそろと歩き出したが、黒い羽根を燭台の灯に光らせて、鈴江の指の先まで来た。

「…………」無言で鈴江は手をのばすと、素早く蟋蟀を指の先でつまんだ。「ねえ小次郎やこれをご覧、可愛らしいけれども弱々しいではないかい。ちょうどお前さんのようだよ」眼の前へ蟋蟀をかざすようにしたが、「ちょっとでも指の先へ力を入れて、ほんの心持ち押えただけでも、弱い虫は死んでしまうだろうよ。お前さんもそんなように思われるねえ。ちょっとでも荒くあたろうものなら、お前さんは死んでしまいそうだよ」二本の指をヒョイといらった。