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むすめえんじゅつし
娘煙術師
国枝 史郎
「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页
火事が起これば火事につれて、嵐の起こるものであったが、今や嵐が起こっていた。轟々という嵐の音が、焼けて崩れる物の音やいまだに四方八方の露路で、逃げてまわっているらしい人間の悲鳴や叫喚や足の音とともに、地獄の音楽のそれかのように、露路の周囲や空の上から、紋也の耳へ伝わって来た。周囲がそれほどにも騒がしいのにここの露路だけに人の声がなく、人の姿の見えないのはいったいどうしたというのであろう? 紋也には理由がわからなかった。火事だという声に驚いて、お粂をうながして山県紋也が、笹家から外へ飛び出した時には、笹家を包んで三方から、すでに火の手が上がっていた。
「火事でござるぞ、お逃げなされ! 庄田氏、菰田氏お逃げなされ!」奥の部屋で私娼と飲んでいるはずの、二人の門弟へ声を掛けておいてお粂を背後に従えて、露路を一方へ突っ走って、丁字形の一所へ現われるや、紋也とお粂とは七、八人の者に、取り捲かれて打ってかかられた。
「人違いをするな! あわて者め!」――人違いであると思ったので、こう声をかけた山県紋也は、刀も抜かないで駈け抜けようとした。が、どうしたのか七、八人の者は、長脇差や棍棒をふるって、そうしてなんとも物をいわずに、無二無三に打ちかかって来た。