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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

夢中の恐怖

北条美作その人であった。黒頭巾の中から剃刀のような眼で、二人を眺めていることであろうが、影の暗さにおおわれて、ただ一様に黒く見えた。刀の柄へ手さえ掛けていない。が、これはどうしたのであろう、ゆるゆると右の肘を張り、右足をそろりと前へ出した。と、手が刀の柄へかかった。見れば美作の立っている前へ、小次郎の体がころがって来る。

夢中の恐怖

北条美作のたたずんでいるほうへ、小次郎が転がって行くといっても、地上をコロコロと俵のように、今は転がって行くのではなくて、立ち上がろうとしても腰が立たず、起き上がろうとしても足が利かない、それでいてやはり立ち上がろうとし、それでいてやはり起き上がろうとする。そこである時には半ば立ち、またある時には全く転がり、そうかと思うと片膝だけで立つ。そういうありさまで転がって行くのであった。で、そのようすは重い傷を負って、もがきまわっている人間のように見えた。が、なぜ美作の立っているほうへ、好んで転がって行くのであろう?

いやいや決して小次郎は、好んでそのほうへ転がって行くのではなくて、落とした石が転落するや、いやでも同じ方向へ向かって、加速度に転落して行くのと同じに、小次郎も最初に転がったほうへ、加速度に転がって行くまでであった。