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むすめえんじゅつし
娘煙術師
国枝 史郎
「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页
とによって、その周囲を守らせて、すでに深紅の色と変った、火事の遠照りの空の下を佐久間町の二丁目の方角をさして、粛々としかし傍若無人に、美作を後にして歩み出したのである。一団はしだいに遠のいて行く。
若年寄から大目附、町奉行にさえも一目を置かせる、美作ほどの人物にも、去って行く駕籠の一団を、止どめることはできないものと見えて、しだいに小さくしだいに朦朧と、やがては消えるであろう駕籠の一団を、ただに茫然と見送っていた。と、気抜けでもしたように一つ大きく溜息をついたが、一軒の家の門の柱へ、背をもたせかけてうなだれた。先刻方小次郎を追い詰めて、その片袖をもぎ取ったがその片袖を左手に持ったまま、捨てることさえも忘れたようであった。諸方で擦半や寺々の鐘が、いまだに鳴ってはいたけれど、この往来ばかりは静かなことよ! ――、少なくも美作にはめいりそうなほどにも身のまわりが静寂に思われているらしい。と、かたわらから呼ぶ声が聞こえた。
「ご前ご前、いかがなさいました」――繃帯をしていない一眼を頭巾の奥でしばたたきながら、傷を負った足を爪先立てて、両腕を胸へ物々しく組んで、美作の正面へたたずみながら、さもいぶかしいというように、美作のようすを眺め見ていた、それは桃ノ井兵馬であった。