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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

「火の手? ……盛ん? ……あっそうだった! 兄上をお助けに行くのだった!」鈴江は気がついて空を見た。火元の両国へ近づいたためと、火事が大きくなったためとこの二つの原因からであろう、遠照りなどとはいわれないほどにも、両国のほうの空はいうまでもなく真上の空までカッと明るく、珊瑚を砕いて塗りつけたように見えた。

「さあ五十嵐様、急ぎましょうぞ!」

またも鈴江は褄を取り、足袋跣足の足で裾を蹴り、吹き針を握った右の手を、乳のあたりへしっかりと当てて、頸足をのばして前こごみにこごんで往来を一散に走り出した。が、鈴江と駒雄とが、こうして走って行ったならば、こちらへ歩いて来る二人の仇敵に――北条美作と桃ノ井兵馬とに、邂逅しなければならないだろう。

しかし鈴江も五十嵐駒雄も、そのようなこととは知らなかった。で、一散に走って行った。と、その時数個の人の姿が、儒者ふうの老人の籠っているはずの、例のいかめしい屋敷の蔭からスルスルと姿を現わしたが、

「おい」とその中の一人の男が、鈴江の後ろ姿を見送りながらいった。「紋也の妹の鈴江という娘だ。吹き針にかけては達者なものだ。もう一人の武士は五十嵐といって、紋也の門弟でも腕利きの男だ。