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むすめえんじゅつし
娘煙術師
国枝 史郎
「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页
代官町のふけた通りには、人っ子一人いなかった。半町ほど先から道が曲がって、見通すことはできなかったが、その曲がり角にかなり大きな、薬種屋らしい家があって、廂にかかげてある看板のあたりに、鋭く白く光る物があった。金具に月光がさしているのであろう。その薬種屋と向かいあった、反対側の家の前に巨大の払子を想わせるような、柳が一本立っていたが、頂きの辺がほの白く光り、裾のあたりが黒く見えた。月が上にあるからであろう。
「おおそうか! この先で逢ったか! しめた! 有難い、さっきの爺だろう!」元気づいた金兵衛はこういうと、杖がわりについていた血に濡れた抜き身を、小脇に引っさげて走り出した。が、その足を不意に止めると、「おい鴫丸さん、その爺は、酒に酔ってフラフラしていたろうね」
「へい、フラフラしておりました」月光にギラツク金兵衛の抜き身へ、この時はじめて気がついたらしく、怯えたような顫え声で、こう鴫丸は返辞をしたが、眼では抜き身をみつめていた。
「箒と塵取りとを持っていました」
「何を!」と意外な鴫丸の返辞に、金兵衛は毒気を抜かれたらしく、走って行く代わりに走り返り、こういうと抜き身を前へ突き出し、鴫丸の鼻の先で振りまわし、「箒と塵取り? なんだそれは!」