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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

が、すぐに老人の声がした。

「これこそは臣道の大綱でござって、上は将軍家より下は庶民にまで、一様に行ない違うべからざる、一大事の道でござりますぞ! 三代相伝というごときは、将軍と旗本、大名と侍、この関係にはあてはまりましょうが、君と民草との関係には、あてはまらざる義にござりますぞ!」――で、またも声が絶えて、四辺が森然と静かになったが、戸外の嵐は吹きまさったと見えて、庭木の枝が枝とすれ、葉が葉とすれ合う音がして、遠波が寄せて来るかのように、紋也の耳へ聞こえて来た。

「あれは奉公心得書だ! 奉公心得書を講義していられる」……半ば意識の朦朧とした状態の中で、こう紋也は一瞬間思った。「先年三宅島でご逝去された竹内式部先生が、堂上方のためにお書きになった、あれは奉公心得書だ!」

誰が何者へなんのために、どこで講義をしているのか、紋也は知りたいと努力した。しかし後脳が重く痛み、全身が燃えるように熱をもって痛み、意識がしだいに失われて行った。

「俺はいったい生きているのか? それとも俺は死んでいるのか? 死んではいけない! 死んではいけない! 誰でもいいから俺を介抱してくれ!」