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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

藤尾は悲しげに眼をあげた、「兄だけ知っていて、わたくしには隠していたのかも知れません、でもわたくしこう存じました、討手をやりすごすというより、兄は雪を冠った富士をみて、急にその頂上で死にたくなったのではないかしらと……わたくし今でもそう信じております、兄はもう死期の近いのを覚悟しておりましたから」

ああそれでと、大助は初めて会ったときのことを思いだした。兵馬は秀之進をみるなり刀を抜き、「とうとう嗅ぎつけて来たな」と云った。あのときかれは二人を討手と思ったのだ。そうすると兵馬はたしかに討手がつけねらっているのを見たに違いない。藤尾は知らないが、たしかに兵馬は知っていたのだ。――だがなんとふしぎなめぐりあわせだろう。

大助は運命の操る糸の目をみるような思いがした。かれが秀之進と水戸へ行くのも「甲辰の事」にかかわっている。柿崎兄妹を此処まで導いたのもそのゆかりだ。宇和島藩に匿まわれた菊池為三郎がなければ、兵馬はおそらく脱藩の覚悟まではつかなかったであろう。為三郎を知り、その口から水戸の情勢を聞いた。斉昭のこと、藤田彪のこと、諸国の志士たちがいかに水戸を中軸として動いているかということ。