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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

笛の客

一

老人が料理場へはいって来てそう云った。

「ええ、ああまったく思わぬ雷さまだった、おかげで酔いがさめたよ爺さん」

「飲みなおしでございますかね」

「雨のやむまでな」

東湖はどっかと坐った。秀之進は斉昭のおもかげを追うように、まだしぶきをあげて雨の降っている往来の彼方を見まもっていた。雷は遠ざかりつつあった。

笛の客

一

ひどい雷雨のあった日から、まるでから梅雨をとりかえしでもするかのように、江戸の空は陰暗な雲に掩われ、小雨の降ったりやんだりする不順な天候がつづいた。ときどき雲がきれて太陽が覗くと、焦げつくように暑くなり、降りだすと秋のように肌寒くなるので、町家の人々はいちどしまった羽折をまたとり出すものさえ多かった。

その日も朝から小雨だったが、その雨のなかを皀莢小路の大助の別宅へ、しきりに集まって来る客があった。あるじが高松へ帰って留守のときでも、毎月欠かさずそこで興行される俳諧の運座がある。その例日で、客は雪中庵派の宗匠二人と、武家や町人の老若二十人ほどが集まるのだった。……披講の終ったのが夕景で、それから料理に酒がはこびこまれ、おしかけの客があったりして、狭い家のなかはいつか賑やかな談笑にわきたってきた。