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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
雷
一
投げだされたのは小判十枚だった。……寒笑は蒼くなって老人の顔を見あげた……老人、滝川内膳の顔を。
雷
一
「かつて大橋訥庵がこう謂った、独怪謝安出山後、更無偉略済蒼生、と」梅田定明は頬骨の高い眼の落窪んだ顔をつきだすようにしてそう云った、「つまり老公(斉昭)が攘夷を主唱しながら、いざ実行となると見向きもなさらぬことを諷したものだ、しかもどうやら御自分は幕政参画の御野心もあるように思われる、いや邪推ではない、江戸のさるたしかな筋から聞いているのだ、これはいかん、これはここまでひきずって来た天下の志士を欺くというものだ」
秀之進は黙っていた。黙っているよりしかたがなかった。梅田は若狭の人だという。はじめて東湖を訪れたとき来ていた客で、ずっと藤田家に逗留していたらしいが今ではこの田口屋へ移って来ている。東湖を介してなにか水戸家に斡旋していてそれがうまくいかぬとみえ、秀之進をつかまえては慷慨をもらすのだった。
梅田はずいぶん諸国をあるき知名の士を数多く知っていた。かれが口をひらくと必ず三人や五人の知名人が話題にのぼらぬことはなかった。高松へもゆき左近頼該にも会ったという。