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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
三当旗
一
梅八は膝をそろえ、俯向いてじっと眼を閉じたまま、なにもかも忘れたように聞きいっていた。……笛はいうまでもなく、いつかふしぎな客から餞別にといって貰った「鈴虫」であった。
大助と秀之進とは、三日まえに此処を立っていった。そのとき梅八は藤尾のことをたのまれていた、「九月うちに帰るつもりだが、それに後れるようなら帰りは延びる、藤尾どののゆくすえはおまえに任せるから、仕合せな落ち着き方を考えてやって呉れ」大助はそう云って、帰るまでの手当だと、かなりな額の金を置いていった。
梅八にはまだ藤尾の気心がよくわからない。女どうしだから、或るところまでは通じ合う。けれど芯に触れることがどうしてもできない。少し近寄ろうとするとかちんと突当るものがある。そこから先へはどうしてもはいってゆけないのだ。――やはりお武家の育ちだ。梅八はそう思って嘆息するだけだったのである。だからゆくすえをたのむと云われても、どうすることが藤尾にとっては仕合せなのか、まるで見当がつかなかった。
――女の身にとって仕合せな落ち着き方といえば、武家とか町人とかの区別はない筈だ、これならばと思うことをしてさしあげればいいのではないか。