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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

二

「今あんたは覘われているのをご承知でしょうね、此処を一歩そとへ出れば、幕吏の網へとびこむのも同様ですよ」

「高松だって安全ではないさ」秀之進は睡けを催したらしく、小さく欠伸をしながらそう云った、「おればかりじゃない、今はみんながおのれの安全を棄てるべき時代だ、考えてみると、幕吏に追われはじめてから、却って足が地についたようだ、つまり為すべき事がぎりぎりに凝縮されるからだろう、おれはまえよりも生き甲斐を鮮やかに感じだしている」

「……早水さんはまったく人が違ってきた」

「たしかに」と秀之進は云った、「水戸へ使いしたおかげだよ」

二

明くる日から秀之進は書庫へ籠りきりでせっせと書き物をした。水戸へ使いした始終のことを、精しく記して左近頼該に呈出したいと思ったからである。

「いつかの相談だが」午後の茶菓を自分で運んで来た大助が、机のそばへ坐りこんで云いだした、「柿崎嬢のことはどうしてくれるお考えですか」

「今夜きまりをつけるよ」

「今夜……本当ですか、そしていったいどう落ち着けるおつもりです」

「おれが嫁に貰う」

あんまりずばりと云われたので大助はあっけにとられた。大助こそ苦しまぎれにそれを望み、いちどは秀之進にそう云いかけさえした。