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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

父子

一

「戻りたまえ」秀之進は頷いてそう云い、腰の糒袋を取って大助に与えた、「俺は下りだから要らない、間に合ったら江戸屋敷で会おう」

そしてふりかえりもせずに、大股で風雪の頂上へと登っていった。大助はあっけにとられたようにそのうしろ姿を見送っていたが、やがて踵をかえして岩屋へと戻った。

父子

一

松平讃岐守の江戸屋敷は小石川御門をはいったとっつきにあり、上屋敷と中屋敷とが道を隔てて相対していた。

富士で大助と別れてから五日めの午後、秀之進は上屋敷へ着いて校川宗兵衛の宅をおとずれた。くにの高松とは違って家臣たちの家はみなせせこましく、門を並べ垣を接している。宗兵衛の家も軒が波をうっているほど古びた小さな建物で、来客でもあるのか、玄関に四五足の履物がならんでいた。

「御用向はなんでございますか」

いちど取次ぎにはいった若い家士が戻って来てあらためてそう訊ねた。

「お眼にかかったうえでなくては申上げられません」秀之進はそう答えた、「ただこれだけ申上げて下さい、亀阜荘さまの御用でまいりましたと」

「亀阜荘さま……」

家士はひき返していった。そしてこんど戻って来ると、いま来客ちゅうですから暫くと云って、玄関をあがった次の、うす暗い狭い部屋へ案内した。