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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

二

浴槽からあがると、せきたてられるような気持でかれは風呂場から出た。女中に都合を訊かせると「来て呉れ」ということだった。かれは茶菓を運ぶように云って新島の部屋へでかけていった。

そこは往来に面した表二階の八帖だった。八十吉は窓をあけ框に肱をもたせかけて外を眺めていた。

「お邪魔にあがりました」

「こっちのほうが風がよくとおる、こっちへおいでなさい」

八十吉はそう云って身をずらした。

二

命じておいた茶菓を女中が運んで来た。

「なんだこれは」

「こちらさまのお申付けでございます」

「茶菓持参の客か」

八十吉はふんと鼻を鳴らした。

「金持ですからね」大助は平気である、「おつまみなさいませんか、此処の名物だそうです」

八十吉は黙って外を見ている。さっきから大助はその眼を追っているのだが、この家のすじ向うに宿屋がみえている。少しまわった陽ざしのいっぱいにさしつけているその宿の二階のあたりに、八十吉の視線は絶えず吸いつけられているようだ。

――あそこに誰かいるのか。大助はそう考えながら、「此処は水府の御連枝でしたね」と不必要な饒舌を続けた、「たしか播磨守頼縄さまだった、『甲辰の事』