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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

「時事新報」1944(昭和19)年1月1日~7日、1月9日~2月25日、3月1日~3月5日、3月7日~3月8日、3月11日~3月15日、3月18日~3月21日、3月25日、3月27日~3月29日、4月1日~4月3日、4月7日~4月11日、4月15日~4月19日、4月24日~5月4日、5月6日~5月9日、5月13日~5月17日、5月20日、5月22日~5月24日、5月27日~5月31日、6月3日~6月8日、6月12日~6月17日、6月19日~6月22日、6月24日~6月26日、6月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 页

青空文庫

井出夫人とピヤノ

一

が、それもせんじつめれば、井出夫人その人の魅力にほかならなかつた。

井出夫人とピヤノ

一

「たゞいまア……。つい道草を食つちまつて……」

裏の炊事場から、買物袋をさげたまゝ、しきいぎわへひざをついて軽く会釈をしたのは、井出康子である。

そう大柄ではないけれども、均整を保つてよく伸び/\と育つたし体を、ちよつと華奢にみえる真つ白な薄い皮膚がつゝんでいるのは、なにか血統に、特別なものが混つていそうに見えるが、顔だちは、むしろ多分に東洋的で、それも、やゝ厚いくちびるのおのずからな結び加減、黒いまつ毛の中のうるんだひとみ、殊に眼じりの切れの細く長く切れ上つたあたりまで、全体に、表情の深い静的な美しさを、あくまでも特色としているようである。

「お帰んなさい」

毎日繰り返される内々のあいさつは、礼儀という重い一面をかなぐり捨てゝいる。乃婦と百々子の口が同時に機械的に開く。

「お夕飯は何にいたしましようね。もう何時ごろでしよう?」

腕時計が当てにならないらしく、康子は十畳の間へ置時計を見に行く。

義妹の百々子はスカートは寒いと云つて、ジャケツにズボンをはいているのに、康子は、ズボンのひざが出てしまつたからと云つて、一張らのツーピースを惜しげもなくおろしてしまつた。