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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

「時事新報」1944(昭和19)年1月1日~7日、1月9日~2月25日、3月1日~3月5日、3月7日~3月8日、3月11日~3月15日、3月18日~3月21日、3月25日、3月27日~3月29日、4月1日~4月3日、4月7日~4月11日、4月15日~4月19日、4月24日~5月4日、5月6日~5月9日、5月13日~5月17日、5月20日、5月22日~5月24日、5月27日~5月31日、6月3日~6月8日、6月12日~6月17日、6月19日~6月22日、6月24日~6月26日、6月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 页

青空文庫

青春の孤独

一

「そうか? 信州のいなかとどこか違うか?」

「いなかという点ではおんなじかも知れませんけれビ、あんまり外へ出ないのと、なんていうんでしよう、気分がすつかり違いますわ」

彼女は、自分でもばかげたことをと思いながら、ほかに適当な返事ができない。「久しぶり」という言葉からして、彼女の今の気持ちにはそぐわないのである。たゞ、落ち葉に埋もれた森の小道と、おう悩の胸に降りそゝぐ秋の日射しとが、彼女の青春の一つ時をよみがえらせたといえばいえよう。

すると、小高い堤防が林を区切つているのに出会う。堤防にあがる。ひとすじの流れがところどころ砂ぞこをみせてまつすぐに空の光りをうつしていた。

青春の孤独

一

市ノ瀬牧人はI市の地方事務所で開かれた農業技術員会議をたつた今おえて、自転車で目ぬきの通りを走つていた。会場を一緒に出て来た。村の同僚は、町に来たついでにすこし買物をして帰るというので、彼はひとりで、ちかごろ急ににぎやかになつた店先をたゞぼんやりうちながめながら、高砂館という劇場兼映画館の前にさしかゝつた。

六時開演とあるのに、まだやつと三時になるかならないうちから、もう一丁以上も続いている長だの列を、彼は珍らしい風景として目をそばだてないわけにいかなかつた。