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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

「時事新報」1944(昭和19)年1月1日~7日、1月9日~2月25日、3月1日~3月5日、3月7日~3月8日、3月11日~3月15日、3月18日~3月21日、3月25日、3月27日~3月29日、4月1日~4月3日、4月7日~4月11日、4月15日~4月19日、4月24日~5月4日、5月6日~5月9日、5月13日~5月17日、5月20日、5月22日~5月24日、5月27日~5月31日、6月3日~6月8日、6月12日~6月17日、6月19日~6月22日、6月24日~6月26日、6月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 页

青空文庫

道すゝまず

一

空の一端からは黒い雲がわきあがつていた。

雨がぽつり/\と落ちはじめた。

峰を吹く風の音が、遠い汽笛の音にまじつて聞えていた。

道すゝまず

一

二階の寝室の窓から、東南一帯のくぼ地が見渡せるのだが、そのあたりは軒並に焼けおちた黒焦げの柱や壁がまだ取り払われもせずにいる。とき/″\、焼跡を片づけに手車をひいてくるものもあり、まばらにトタン張りの小屋が建つただけで、この真昼に、人ひとり通らぬ荒涼たるながめである。

井出康子は、このながめを、毎日、飽かずながめ、遠景の森のうえをトビが舞つているような日には、この廃きよにうつる物の影をなつかしむように、小声で西洋の子守歌をうたつてみることもある。

しかし、焼跡の連想は、彼女にとつても、おゝかた暗く、痛ましいものであることは当然であつた。そこには、まだ炎々とほのおがたち昇つているような錯覚に襲われることすらある。彼女は、そのほのおにつゝまれて消えうせた命と、こうして生きのびている人間の命とのつながりを考えてみる。夫の幻が浮ぶ。自分をしかりつけるような声も聞える。「戦争はなんのためにあつたのだ」と、その声は叫んでいるようだ。