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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

「時事新報」1944(昭和19)年1月1日~7日、1月9日~2月25日、3月1日~3月5日、3月7日~3月8日、3月11日~3月15日、3月18日~3月21日、3月25日、3月27日~3月29日、4月1日~4月3日、4月7日~4月11日、4月15日~4月19日、4月24日~5月4日、5月6日~5月9日、5月13日~5月17日、5月20日、5月22日~5月24日、5月27日~5月31日、6月3日~6月8日、6月12日~6月17日、6月19日~6月22日、6月24日~6月26日、6月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 页

青空文庫

十一

それはそうに違いないが、おれの任務は、軍人としての任務は、こゝでまつたく終つたのだ。ということはなんとしても事実だ。そのことは、また、同時に、おれという人間の存在が、これから、まつたく無にひとしいということなのだ」

一徳は、妻の手がふるえているのに気がつく。で、それをいたわるように軽く握りしめ、

「まあ、待て。そこをよくわかつてもらいたいのだ。いゝか、おれはだよ、戦さに負けたから、軍人として申しわけないとか、世間に合わす顔がないとか、そんなことのために、くよ/\はせん。まして、よくあるように、戦争を職業意識から待ち望んだ軍人の一人では絶対にない。それは良心にかけて誓う。あ、そのことなら、お前だつてわかつてるはずだなあ。だから、おれは、国民を戦争に引きずり込んだ責任は負うわけにいかん。ところがだ、おれは今さら軍服を脱いだところで、何を生きがいに生きるという当てが、かいもくない。おれは、早くいえば、それほど、軍人以外のなにものでもなくなつていたのだ……」

十一

「軍人以外のなにものでもなくなつていた」という夫の言葉は、最初、康子には一種の自ちようのように聞こえたけれども、それはやがてそうでないことがわかつた。