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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

「時事新報」1944(昭和19)年1月1日~7日、1月9日~2月25日、3月1日~3月5日、3月7日~3月8日、3月11日~3月15日、3月18日~3月21日、3月25日、3月27日~3月29日、4月1日~4月3日、4月7日~4月11日、4月15日~4月19日、4月24日~5月4日、5月6日~5月9日、5月13日~5月17日、5月20日、5月22日~5月24日、5月27日~5月31日、6月3日~6月8日、6月12日~6月17日、6月19日~6月22日、6月24日~6月26日、6月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 页

青空文庫

二

すこしもいやな顔はしなかつた。いつ行つても、きちんと身じまいをし、端然と仕事に向い、あたゝかく澄んだ眼をあげて彼にほゝえみかけた。

彼はなが居はしない。――あら、もう? と、いわば恨みがましい夫人の口調ぐらい彼の耳をこころよくくすぐるものはないからである。

今日も、ひるすぎの一つ時を、彼は待ちあぐんだ。春の日ざしのやわらかに射しこむその縁先で、彼は夫人の手に白梅の一枝をさゝげるつもりでいるのである。

二

「あゝ、やつぱりそうだつたわ。なにか花の香りが流れてくるように思つたの」

と、井出夫人は、市ノ瀬牧人の差しだす白梅の枝を抱くようにして受けとつた。

「花びんが一つしかなくつてねえ」

そう言いながら、もうだいぶんしおれかけている床のスイセンをぬいて、そのあとへ梅の枝をさした。首をかしげて、しばらく、それに見入りながら、

「あなたはよく気のつく方ね。それに、そういうことを照れないでなさるから、えらいわ」

ずけ/\ものを言う彼女には、市ノ瀬牧人はとつくになれていたけれども、このあいさつには閉口した。

「奥さん、批評はかんべんしてください。わしの童心が傷つきますから……」