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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

「時事新報」1944(昭和19)年1月1日~7日、1月9日~2月25日、3月1日~3月5日、3月7日~3月8日、3月11日~3月15日、3月18日~3月21日、3月25日、3月27日~3月29日、4月1日~4月3日、4月7日~4月11日、4月15日~4月19日、4月24日~5月4日、5月6日~5月9日、5月13日~5月17日、5月20日、5月22日~5月24日、5月27日~5月31日、6月3日~6月8日、6月12日~6月17日、6月19日~6月22日、6月24日~6月26日、6月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 页

青空文庫

あ、いた、ほんとじやないか」

北原ミユキがどこかをつねつたとみえて、飛びのくような形で、言う。

「まあ、それは/\……。じや、うちともお近づきになつていゝわねえ」

康子はそういつて、北原ミユキの方へ笑いかけ、茶を入れる支度をする。この若い女教師の許嫁が、ビルマ戦線からなんでも一度とか便りをよこしたきり、いまもつて消息がないということはかねて聞いていた。顔さえみればそのことは頭に浮ぶのだけれども、そうずけ/\と訊ねるのもと思い、康子の方からはあまりその話にふれずにいたのである。それにしても、北原ミユキの康子に対する態度は、まつたくほかのだれとも違つていた。子供の先生という関係は別にして、もつと個人的な親しみをみせはじめていた。それというのも、終戦この方、いわゆる職業軍人の家族に対する周囲の風当りは、目立つて強くなつていた。康子自身は、むろんそれを人一倍身にしみて感じていたけれども、そのために肩身の狭い思いをするのは卑屈だと思つていた。北原ミユキは、そういう彼女の気持を実によくのみこんで、それとなく、かばいだてをしたり、時によると、軍服をはがれた夫一徳の立場に不思議な同情と理解とを示したりするのである。