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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

生壁問答

翌日、東儀与力は、引っかかりの仕事をすべて他の者に受けつがせて、役室で、一ぷく吸いながら、

「おい、ゆうべの男は、何かしているか、ちょッと覗いて来い」

と、獄吏に言いつけた。

獄吏は、すぐに戻って来て――

「呆れた奴です、寝ております」

「なに、寝ている」

「正体なく、鼾をかいておるので」

「よし!」

彼は、煙管をぷッといわせて、首斬場へのぞむ時のように、硬ばった顔をして出て行った。

生壁問答

蟋蟀、みみず、陰湿な虫が昼間でもチチと啼いている牢露地をぬけると、塀際の隅に、低い、石倉がある。

そこには人間の、悲鳴や呻きを作る機械――血や肉をしぼる拷問道具の、あらゆる種類の物がはいっているので、一通りの強情者は、一晩泊らせられれば、参ってしまう。

それを獄吏のことばで、湯灌をするというらしい。――ところが、東儀与力の耳には、近づくに従って、象のような鼾が聞えた。

「起きろ! おいッ」

彼は、石責め道具の台のうえに腰を下ろした。中はうす暗く、小窓一つしかない。妙な木製車のついている柱には、血汐の斑痕がありありと分るし、大きな銅鍋には、硫黄色の鉛が蚯蚓のようにこびりついている。