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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

月の迎え

「もう近いぞ、近いぞ」

と、口癖のように言っていた。

そのうちに、とうとう、期限の百日もあと一晩、九十九日目が来てしまった。

羅門も、この日は、何事かあるかと緊張した面持で、奉行所につめていた。

ところが――昼――夕刻――になっても塙江漢の方からは音も沙汰もない。

月の迎え

「なあ羅門氏。江漢はとうとう、夜逃げをいたしたらしいぞ」

「いや、そんなお方ではない」

と、羅門は、この間際になっても、決して相手の老先生を侮らなかった。尊敬の気もちを、ことばにも、忘れなかった。

「しかし、今に至っても、沙汰のないのは如何したものだ。拙者の考えでは、吾々に会わす顔がなく、逃亡したか、でなければ、老腹を切って、今夜あたりは何処かで死んでおるんじゃないかと思うが」

「まだ分りますまい。明日の晩――そして夜明けの鐘が鳴るまでは」

「あと一日や半日で、どうなるものではない。もうそろそろ、郁次郎の首斬り道具を、並べておいても間違いはない」

「それはそうと、亀山の龍山公は、どこへ宿所をおとり遊ばしたかなあ。ぜひご拝謁を願いたいことがあるのだが……」

「羅門氏は、そればかり気になすっているが、何か火急のご用事なのか」